ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q

冒頭6分38秒 宇宙考証の解説

平成24年11月23日 初版
平成24年11月26日 第1.1版 文章と数値を修正
平成24年12月 6日 第1.2版 文章と図の修正と「ヒルの方程式」に追記
平成25年 4月24日 第Ω版 「今後の課題」に追記.これにて最終版とする.
平成26年 9月 5日 第Ω-β版 「Q」地上波初放送に向けて語弊のある記述に補足

1.はじめに

このサイトは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の冒頭6分38秒について,幾つかのシーンがどのような物理法則に基づいているのか,それが実際に成り立つのかどうか,と言うことを,実際の宇宙工学の立場から考察を行うものです.

このサイト及び内容は,本サイトの筆者の独断によるものとなっています.
従って,実際の設定とは異なる可能性があることと,本サイトに記載されている全ての事項についての文責は本サイトの著者にあり,エヴァQの製作者は何ら責任を負うものではないことをご了解ください.

宇宙工学の立場から見ると幾らかの修正や,その他最適化などの余地があると見えます.
その辺は,見映えを優先した内容もあることかと思われます.
しかしながら,いずれにしても冒頭6分38秒で描かれたシーンはとてもカッコ良かったですよね.
詳しく見てみると,実際の宇宙で起こり得そうな,でも大変細かいところまできちんと描かれていることが分かります.製作者の知識と技量には大変驚かされると共に,素敵な映画を観させて頂いたことを心より感謝致します.

本サイトでは定性的な説明又は概算に留めていますが,成立性の検証においては,なるべく難しい計算とならないようにしながら,最小限の数式は記載致しました.
時間に関しては,劇中の経過時間をリアルタイムであると考えて計算を行っています.
特にブースタの噴射時間は,実際のロケットやスラスタのそれよりも大変短いものですが,ここでは敢えてリアルタイムを念頭にいろいろ求めてみました.その上で,矛盾の有無を記載しています.

本サイトの内容がみなさまの軌道力学へのご興味の一端に触れることが出来,そして再度エヴァQを見直されましたときにみなさまに新たな発見をご提供することが出来ましたら至極幸いに存じます.

△一番上へ戻る

2.用語解説

ここでは劇中に出て来た,宇宙工学分野で実際に使われている幾つかの用語について説明します.

追跡班

ロケットの打上管制班のひとつです.

ロケットの打上に際しては,ロケットがきちんと予定された経路を飛行し,正常に作動していることを随時確認するためにロケットの追跡が行われます.その追跡には望遠鏡やカメラの望遠レンズによる「光学追跡(光学管制)」と,地上から電波を発射してロケットがそれを受けて返信するトランスポンダ(トラポン)を用いた「テレメータ追跡」,レーダーによる位置と速度の取得を行う「レーダー追跡」などがあります.

又,現在ではまだ研究開発途中ですが,ある物体をカメラで撮影しながら,画像処理技術を用いて撮影されている物体を抽出し,それが画面の中央に位置するようにカメラを追跡させる,と言うことも試みられています.

通常,これら追跡班は地上で作業を行います.又,追跡は人が手動で行うこともあれば,機械が自動的に行うこともあります.特にトラポンでの追跡が一旦確立すれば,その後は自動的にパラボラアンテナやカメラがロケットを追跡することは現在でも行われています.

冒頭シーンでは当初,カメラ撮影を行っている光学管制班が改2号機を画面中央に捉えようと,明らかに手動でカメラの向きを調整しているように見えます.
しかし一旦画面中央に収まった後は非常に安定して撮影されているため,トラポン若しくは画像処理技術による自動追跡に移行したのだと考えることが出来ます.

アール・シー・エス(RCS)

リアクション・コントロール・システム(Reaction Control System)の略です.

微小重力下での宇宙機の回転運動(回転する動き)や並進運動(ある方向に進む動き)を制御するためのシステムのひとつで,殆どの場合,スラスタ(小さなロケット)の噴射による作用・反作用の法則を用いたものを指します.
RCSは複数のスラスタの集合体から成り,それらのスラスタを上手く組み合わせ,同調させて噴射を行うことで,3つの回転軸,及び3つの方向に対して,任意の回転運動及び並進運動を行うことが出来るようになっています.

RCSは,外乱による姿勢の乱れを修正したり,特定の対象に対する通信や観測を行うべく宇宙機に固定されたアンテナやカメラを向けるために宇宙機の姿勢を調整したり,或いは大きなロケットエンジンを噴射する際に生じる飛行経路の乱れを修正したりする場合に用いられます.

その修正は瞬時,若しくは短時間で完了しなければならない場合が多いため,RCSに用いられるスラスタは短時間噴射が可能で,その噴射の立上りや立下りが瞬間的に行える(キレが良い)ように作られています.推進剤としてはヒドラジンが用いられることが多く,一液式推進系の場合,ヒドラジンを触媒で分解したものがスラスタで噴射され,それぞれの運動の源となる推力を発生します.

劇中では,RCSの噴射は青白く見えていましたが,これは光の加減と言うことも踏まえて,一つの候補としてはヒドラジン系の超大型の一液式推進系を搭載していたのではないかと思われます.

アール・シー・エス(RCS)図

ジェットソン(jettison)

宇宙工学分野では,不要になったロケット下段やブースタなどの「投棄」を表します.「ガスジェットや残存推力を利用する場合に『ジェットソン』と呼ぶ」,などと言う明確な定義はありませんが,読んで字の如く,分離したモノを「投」げ「棄」てるような場合に「ジェットソン」と呼びます.

【第Ω-β版追記】「投」げ「棄」てると記載していることに語弊がありましたが,「ジェットソン(jettison)」は「不要になったものを積極的に(=意図して邪魔にならないような向きや方法によって)廃棄する」ことであり,必ずしも噴射によるものとは限りません.分離一般を意味する「セパレーション(separation)」の中で,廃棄する意味合いがある場合に使用されることが多いようです.

英語表記は jettison [?e'tisn]又は[d?e??sn](米語) なので,発音を忠実にカタカナ化すれば「ジェティスン」又は「ジェタスン」になります.
しかしながら,米語の場合は曖昧母音も入っており,又,宇宙工学の教科書や授業では「ジェットソン」「ジェ(ッ)ティソン(ジェ(ッ)ティスン)」「ジェ(ッ)チソン」などいろいろ使われていて,これまでに日本語表記は統一されていません.

そもそも実際の打上では日本人オペレータが jettison と呼称することはなく,専ら同時通訳で使用されるのみです.劇中では他の英語が日本語化した発音で使われている(オペレイションではなくオペレーション,エァリアではなくエリア,など)中,jettisonだけが英語に忠実だと違和感がありますし,例えばbuzzer は「バズァ」ではなく「ブザー」と日本語化されているようなこともあって,語感も良いので「ジェットソン」で良いのではないかと思います.

ところで,宇宙工学分野では分離や投棄を表す語として「パージ(purge)」が用いられることはありません.一方,モノを酸化させてしまう酸素や腐食の一因ともなる水蒸気などを,不活性ガスを送り込むことでこれを置換することを「パージ」と言い,これは宇宙工学分野に限らず多方面で使用されています.不活性ガスに窒素を用いる場合には「窒素パージ」などと言います.
不活性ガスには窒素やアルゴンがよく使われ,例えば,CCD素子やホローカソード(放電により電子を放出する電子源.イオンエンジンなどの電気推進機の中和器としても用いられる)などでは必須です.

ジェットソンでは,単に「分離(セパレーション)」と呼ぶ場合と異なって,分離部が本体との衝突を回避するように積極的に本体から離れる操作を含んでいるところが特徴的です.

ジェットソンの例としては以下のものがあります.

  • H-IIAロケットSRB-Aでは,ストラップオン方式の分離機構を採用し,ストラット及び分離モータによって本体から分離されます.SRB-Aは本体に幾つかの構造部材やガイドなどで結合されていますが,分離時にこれらが切断,解除され,ガイドがその一端を支点に回転することでSRB-Aの上部が本体から引き離されると同時に,下部は分離モータを噴射し,SRB-A全体が本体から確実に離れるようになっています(参考文献).※@LH2NHIさまによるご指摘を受け,第1.1版にて修正致しました.
  • スペース・シャトルのSRBでも同じく燃料を使い切る少し前に,分離ボルトにより本体から分離されます.同時に,SRBに横向きに設置された離脱用の固体ロケットを噴射してシャトル本体から離れます.更にSRBのノズルの方向を変更することでシャトル本体から離れる方向に飛び去って行きます.
  • アポロ計画で使用されたサターンVなどの有人ロケットでは,緊急時に有人カプセルをロケットから離脱させて安全な場所まで飛翔させる緊急脱出用ロケットが有人カプセルの上に取り付けられています.サターンVの場合は第1段を分離後,緊急脱出用ロケットを点火し,有人カプセルから離脱させることを行います.

ヱヴァQでは,ブースタ・ユニットは分離後,主推進系とは別系統の離脱用推進系を作動させることによって本体から離れるようになっており,ブースタ・ユニットを切り離すこと自体は単なる分離(セパレーション)ですが,その後の離脱用推進系の作動によって本体から離れると言う点で,ジェットソンの一種と言えます.

尚,分離後のブースタ・ユニットの動き(本体に対して後上方へ去って行く)は,近接域における軌道運動を記述する「ヒルの方程式」(後述)に従った動きとなっています.

ジェットソン図

電装系をチェック

ロケットや衛星の内部で電力や信号をやり取りするための配線群を「電気計装」又は「計装」と言います.電装系は,この計装を指すものと考えられます.

特に宇宙工学に限った用語ではありませんが,ロケットや衛星を分離する場合,本体と分離部とは着脱コネクタ(着コネ,ちゃっこね)と呼ばれる,機械的な位置関係の変化や電気信号によって着脱するコネクタで接続され,結合状態では本体と分離部のそれぞれの端子が導通して電気や情報のやり取りを行っています.
分離部を分離する場合,着脱コネクタが外れることに起因して本体も分離部もその動作に異常を来さないよう,ホット・スワップ(活線挿抜)と呼ばれる方式が採用されることもあり,分離によって異常を来さないように対策が施されているのが普通です.

しかしながら,通電状態のまま端子の状態が変化することは何らかの不具合を発生させる可能性(例えば,有線による通信を行っていたが相手を見失い,端子レベルがHIGH又はLOWに張り付いて戻らない,など)が拭い切れないため,分離を行った後には必ず端子やその他,関連する周辺機器の状態をチェックします.

S-IC(エス・ワン・シー)

アポロ計画でサターン・ロケットのシリーズの内,サターンVの第1段を指します.
S-ICボーイング社により製造され,ロケットダイン社F-1エンジンを5基,クラスタリングしています.

尚,ロケットダイン社は1996年にボーイング社により買収され,その後,2005年にはプラット・アンド・ホイットニー社へ売却されています.アメリカでは企業の買収や統合が激しく,航空宇宙分野においても,技術を持った会社や,デファクト・スタンダードとなっている製品を有する会社が,より大きな会社にサクッと買収されることが多々あります.その結果,ボーイング社やエアロジェット社などの巨大な企業がどんどん成長して行くこととなっています.

S-ICは重量2280×103 kg = 2280 ton,推力30×106 N = 30 MN,比推力は最適高度において300 sec程度(海面上比推力は260 sec程度)です.
F-1エンジンに限らずサターン・シリーズのロケットのエンジンはとても優秀であり,致命的な故障は地上試験の際にごくわずか発生したのみで,極めて信頼性の高いエンジンです.

S-ICの燃料はケロシン,酸化剤は液体酸素です.
ケロシンは炭化水素系であるため,その分子構造の中に炭素原子を含みます.炭素原子は燃焼の際にオレンジ色に発光するため,ロケットからの噴射はオレンジ色を主体とした色となります.
劇中でもブースタの噴射は,RCSとは異なりオレンジ色であったのはそのためです.

△一番上へ戻る

3.軌道力学

冒頭部分の,とりわけ当初から1分30秒あたりまでは,軌道力学が忠実に再現されています.
製作スタッフの知識とそれを表現する力量には完全に脱帽です.

詳細な軌道計算はかなり繊細且つ雑多な状況を考慮しなければなりませんが,ある軌道運動が成立するかどうかの初期検討くらいであれば,手計算(関数電卓は必要)で十分行うことが出来ます.
例えば火星などの惑星探査機の,特殊な条件下における軌道設計の初期検討であれば,基本部分は高校数学で十分行えます(余弦定理ベクトルの合成,行列平方根の計算くらいです)し,大学数学(解析力学線形代数など)を使えばもう少し詳しく計算することが出来ます.

更に詳細に計算する場合には,特殊関数摂動論相対性理論などを導入しますが,ここまで来ると最早手計算は無理なので,コンピュータによる数値計算を行います.

軌道力学は,太陽系惑星の運動についてヨハネス・ケプラーが初めて発見したケプラーの法則に基づいて記述されています.ケプラーの法則は以下の3つから成ります.

  • 第1法則:惑星は,太陽をひとつの焦点とする楕円軌道を描く.
    (軌道の形に関して説明しています.放物線軌道双曲線軌道を含めて「二次曲線を描く」と一般化されます.)
  • 第2法則:惑星と太陽とを結ぶ動径は,一定時間に一定面積を描く.
    (ひとつの軌道にある惑星が,その軌道内でどのような速度で運動するかを述べています.)
  • 第3法則:惑星が軌道を1周する時間(軌道周期)の2乗は,軌道長半径の3乗に比例する.
    (太陽からの距離や軌道の形状が異なる惑星の軌道周期について述べています.)

ケプラー以前,天動説の時代であってもアポロニウス天動説モデルなどを用いて,惑星の位置は当時としては十分な精度で予測することが出来てはいました.仮に惑星の軌道が完全な円軌道であったならば,このモデルに疑問を持つ人はいなかったのかも知れません.

しかし実際には惑星の運動は僅かながら潰れている楕円軌道です.

ティコ・ブラーエの膨大な惑星の動きに関する観測データを数式で表すことに挑戦したケプラーは,まさか神様が作った宇宙にある惑星が,完璧な円ではなく,小汚い楕円を描くなどとは全く想像していなかったため,相当な苦労を味わうことになります.
どうしても計算が合わない…そんな日々が繰り返されたとき,ケプラーは誘惑に駆られます.

「計算が合わないのは観測データが間違っているのだ!」

しかしそれでもティコの高度な観測技術を信じて計算を続け,そして半ばやけくそになったケプラーは苦し紛れに楕円の公式を当てはめてみました.
すると,その計算結果は見事,観測データと一致したのでした.
こうしてケプラーの法則が発見され,私たちはそこで初めて,いつどこに惑星が位置するかを,計算で極めて正確に求めることが出来るようになりました.これは,「個々の事実から一般的な法則を見出す」と言う,帰納的なものであると言えます.

その後,アイザック・ニュートンが,彼自身が彙集した運動の3法則と,「何故,どうしてそれがあるのか分からないが取り敢えずそういうものがあるのだと仮定してみよう」として定義した万有引力の概念から,演繹的にケプラーの法則を導出しました.

人工衛星の軌道についてもこのケプラーの法則が成り立ちます.
太陽と惑星の関係を,地球と人工衛星に置き換えれば,軌道力学はそのまま適用することが出来,宇宙工学の分野ではケプラーの法則を最初に習い,実際の人工衛星や探査機の軌道設計に用いられています.

噴射を行わずに軌道運動をしている間は,重力と遠心力とが釣り合った状態が維持されるため,船内は無重力状態となります.尚,実際にはごく薄い大気による抵抗,太陽光による光の圧力,地磁場との干渉などがあって,ごくごく小さな外力や慣性力が働くため,厳密には無重力ではありません.
そこで厳密且つ実際的な用語として「微小重力下(μG,マイクロ・ジー)」と言う用語が宇宙工学では使われています.

軌道力学について,簡単な例で計算をしてみましょう.

下左図のような円軌道の場合,重力定数mu(=万有引力定数×地球質量=3.986×105 km3/s2),軌道半径rとすれば,軌道速度v1=sqrt(mu/r)で求めることが出来ます(次節と区別するために添字「1」を付けておきます).
例えば,軌道高度400 kmの円軌道を周回する宇宙機の軌道速度は,地球半径を6378 kmとして,
v1=7.67 km/sと求められます.

下右図の赤い楕円軌道の場合は,その軌道長半径aとすれば,現在位置(地球中心からの距離がr)での軌道速度はv2=sqrt(mu(2/r-1/a))で求めることが出来ます(前節と区別するために添字「2」を付けておきます).例えば,遠地点高度400 km,近地点高度200 kmの楕円軌道の場合,軌道長半径は
6678 kmであり,遠地点での軌道速度はv2=7.61 km/sと求められます.

もし,当初軌道が下図の黒で表される軌道高度400 kmの円軌道であって,軌道の一点において逆噴射(減速)を行い,赤で表される遠地点高度400 km,近地点高度200 kmの楕円軌道へ遷移する場合,下図の位置で推進系を作動し,ΔV=-0.06 km/secだけ速度を変更してやれば良いことになります.マイナスが付いているのは,減速を行うべきであることを表しています.

このΔVを速度増分(デルタ・ヴィ)と呼び,燃料や推進剤の種類を決定したり,搭載する燃料や推進剤の総量を計算したりするための重要なパラメータとなります.
尚,減速で負の値であっても用語としては速度増分と呼び,速度減分とは呼びません.これは「速度」と言う語の中に,正負(つまり,向き)を含んでいるためです.

軌道力学はこんな感じであって,公式さえ使えれば計算自体はそれほど難しいものではありません.
上記の軌道変更の例を応用すれば,火星探査機の軌道設計や,そのために必要な推進系への要求事項を抽出することが出来ます.

デルタ・ヴィ図 △一番上へ戻る

4.ヒルの方程式(Hill’s equation)

冒頭部分でブースタ・ユニットを分離し,それが噴射を行って本体から離れるマヌーバ(一連の手続き)を行っていますが,その噴射の向きや,噴射中の動きについて,あれ?と思われた方もいらっしゃるかも知れません.

軌道運動では,ある軌道上での現在位置と軌道速度とは不可分であって,一方が決まれば他方も決まると言う法則に基づいて動いています.
これを特に,ある限定された範囲内での相対運動として記述し直したものがヒルの方程式です(リンク先の記事と本サイトとでは,座標系の取り方が異なっていることに注意してください.
リンク先はC-W座標系,本サイトでは機体座標系を用いて記述しています.) ヒルの方程式に基づく運動の応用例として,チェイサーがターゲットに近付いたり遠ざかったり,或いは周辺をうろうろしたりするランデヴーが挙げられます.

ヒルの方程式は,導出も結果も,それを解くのも少々ややこしいのですが,下図のようなxyz座標系に基づいて記述すれば,以下のようになります.文字の上にある点は,ニュートン流の時間微分の表記です.点が一つのものは1階時間微分,二つのものは2階時間微分になります.位置を1階時間微分すれば速度に,2階時間微分(又は速度を1階時間微分)すれば加速度になり,従って下の式は運動方程式を表しています.尚,地球中心からターゲットまでの距離をRとすれば,n=sqrt(mu/R3)です.

ヒルの方程式図1

特殊な場合については,上式は解析的に解くことが出来ます.
その一つがC-W解と呼ばれるものですが,煩雑なものとなってしまうためここでは記述しません.
要するに,ターゲットに対してチェイサーがある位置である速度を持っているとき,ある時間経過後にチェイサーがどこにいて,どれだけの速度になっているか,を計算により求めることが出来ます.

ヒルの方程式に基づく運動は,直感とは逆な印象を受けます.
下図ではターゲットの後方にチェイサーがいます.チェイサーはターゲットに追い付きたいと考えています.地上での自動車の場合だと,チェイサーはアクセルを踏んで加速すれば,いずれターゲットへ追い付くことが出来ます.
しかし軌道運動ではそうは行きません.上述のように,現在位置と軌道速度とは不可分であって一意に決まってしまうためにおかしなことになります.

チェイサーがターゲットへ追い付くためには,実は逆噴射を行うことで減速してやらねばなりません.減速すると軌道高度が落ちるため,チェイサーはターゲットの下方へ回り込むような運動をします.ケプラーの法則から,軌道高度が下がると軌道速度が速くなります.
つまり,軌道高度は下がるけれども,お互いの距離は縮まります.
そして半ばほどで今度は噴射をして増速をしてやると,これまでとは逆に軌道高度が上がり,チェイサーはターゲットに近付いて行きます.

この減速と増速を適切に加減してやれば,遂にはチェイサーはターゲットに到達することが出来ます.

ヒルの方程式図2

まとめると,

  • ターゲットに追い付こうと思うなら,軌道高度を下げる.そのために逆噴射をして減速する.
  • ターゲットから遠ざかりたいなら,軌道高度を上げる.そのために噴射をして増速する.

となります.

尚,上記の説明では全てx 方向への増速や減速についてのみ書きましたが,他にもz 方向に増速や減速を行ってターゲットへ接近する方法もあります.ここではその説明は割愛させて頂きます.
これらはいずれも,スペース・シャトルが国際宇宙ステーション(ISS)にランデヴー,ドッキングする際にも用いられる方法です.

以上を踏まえて,エヴァQの場合について見てみます.

第1段ブースタ・ユニットの分離後の動きは下図のようになっていました.
ブースタ・ユニットは分離直後には本体からまっすぐ離れて行きますが,その後,推進系を作動させ,本体と同じ方向に加速する向きに噴射を行っています.するとブースタ・ユニットは軌道高度を上げ,そして軌道速度が低下するため,本体の後上方へと運動の方向を変えながら本体から更に離れて行きます.この噴射は継続的に行われているため,ブースタ・ユニットの後上方への動きはどんどん加速して行きます.

ところで,ブースタ・ユニットは本体から分離されてから暫く後に推進系を作動させました.このタイムラグは,ブースタ・ユニットがある程度本体から離れてから噴射を行わないと,この後上方への動きによってブースタ・ユニットが本体へ衝突する可能性があるためです.そこまで見越して,映画では表現されているんですね.

ブースタユニット図1

この動きについて,もう少し詳しく見てみます.モノがややこしいため,下図では簡略化して二つの箱で描きます.
ブースタ・ユニットは本体からの分離後,本体の進む向きに加速するように噴射しています.これを客観的に見ると下図のようになります.

ヒルの方程式図3

この両者の動きについて,本体を固定させ,本体に対する相対運動としてブースタ・ユニットの時々刻々の位置を描くと以下のようになります.

ヒルの方程式図4

第1段ブースタ・ユニットの離脱についてもう少し厳密な計算を行ってみます.

1基のブースタ・ユニットは後述するように質量8000 ton,離脱にはF-1エンジンを3基噴射しているので推力は18×106 Nであるとし,分離後,噴射時間を3.5 secとした場合について本体(青)に対するブースタ・ユニット(赤)の履歴を計算した結果が下図となります.

これを見ると,実際にはブースタ・ユニットは噴射後,暫く前上方へ移動しながら,比較的長い時間をかけて次第に後上方へと去って行くことが分かります.本体はこの後,減速を行って高度を下げるため,ブースタ・ユニットと本体の衝突を回避するためには,この噴射の向きの組み合わせが最も良いと判断出来ます.

実際には長時間をかけてこのように離脱させるのが良い方法ですが,映画の場合は尺の関係もあって,この動きを短時間で表現していたことになります.

ヒルの方程式図5

又,第1段ブースタ・ユニットを分離した後,第2段が噴射を開始したとき,下図のように周囲に散開していた部品などの浮遊物が一斉に後上方へ動き始めます.

ブースタユニット図2

これは先程までの,ブースタ・ユニットが増速の向きに噴射する場合とは逆で,本体の方が減速の向きに噴射を行うこととなるため,下図のように,浮遊物に対して,本体が前下方へと運動することになります.
映像を見ると本体は常に画面の中央に写っているため,これを撮影するカメラもまた,本体に追随した下図のように動いていることになります.いい仕事をする追跡班です.従って,浮遊物は後上方へと移動しているように見えることになります.

ヒルの方程式図5 △一番上へ戻る

5.US作戦の検証

劇中のUS作戦について,宇宙工学として成立することを見て行きます.
尚,ここでは数値は厳密なものではなく,ある程度の仮定に基づき,更にオーダー計算に留めます.
オーダー計算とは桁が合う程度の概算のことで,数倍程度の誤差は許容する見積り方です.桁が合えば,仮定で与えた数値の誤差,或いは各所の設計値を適切に選ぶことで実現することが可能である,と言う立場に立って,初期検討や成立性確認のためによく用いられるものです.

本作戦は,高軌道を周回する改2号機が,低軌道を周回する初号機と会合すること(会合フェーズ),初号機を発見して目視確認を行うこと(発見・確認フェーズ),初号機を捕獲した改2号機が軌道離脱を行って地上へ戻ること(軌道離脱フェーズ),の3点が重要になります.
※余談ですが,現在宇宙工学分野で議論されている宇宙デブリ回収でも同様のことが課題となりますが,ここでは更に,どうやって宇宙デブリを捕獲するかと言う捕獲技術についても大きな課題となっています.

見積りを開始する前に,幾つか仮定を行います.

a)ブースタ・ユニットの質量と推力

ブースタ・ユニットは第1段に4基,第2段に4基,最終段に2基が備えられています.
一つのブースタ・ユニットにはS-IC(F-1エンジンが5基から成る)が3基束ねられ,更にF-1エンジンらしきものが3基あります.従ってF-1エンジンが18基搭載されていることになります.
一つのブースタ・ユニットの質量は,S-ICの質量(2280 ton)を基準に,F-1エンジンの基数で比例倍することで設定することとし,2280 ton×(18/5)≒8000 tonとなります.
そうすると,第1段は8000 ton×4 = 32000 ton,第2段は8000 ton×2 = 16000 ton,最終段は8000 ton×2+事項b)の質量,と仮定することが出来ます.
又,一つのブースタ・ユニットの推力についても同様にS-ICの推力(30×106 N)をF-1エンジンの基数で比例倍して,約100×106 Nと仮定します.

b)エヴァと棺の質量

エヴァは大変スマートな体型です. その材質は不明ですが,身長1.8 m,体重50 kgの人を基準にしてエヴァの質量を仮定してみます.
エヴァの身長を50 mとすると,体積比は (50/1.8)3 となるので,
エヴァの質量は50 kg×(50/1.8)3≒1000 tonと仮定します.
尚,初号機を収めている十字架のような形状の棺については,オーダー計算であることですし,根拠も無く10000 tonとしてしまいます.

c)インパルス近似

噴射は全て,インパルス近似を行います.
インパルス近似とは,噴射時間を無限小と仮定し,言わば突然速度が変化したとみなすものです.
実際の宇宙工学での軌道計算でも,推力の大きな化学燃料ロケットを使った初期検討であればインパルス近似は十分成り立ちます.

1)会合フェーズ

第1段と第2段の両方のブースタの燃焼時間が共に3.5秒程度と短いものです.
これで果たして改2号機は初号機と出会えるのかと言う点を検証します.

まず,初号機と改2号機がどのような位置関係になって,どのような軌道を取っていたかの概略を下図に示します.
初号機は軌道高度400 kmの円軌道,改2号機は当初,軌道高度500 kmの円軌道にあったものとします.改2号機は軌道上のある一点で,第1段及び第2段のブースタによって減速を行い,初号機の軌道を横切るような楕円形状の交差軌道へと軌道変更を行ったものとします.

会合図1

では第1段と第2段のブースタでどれだけの減速を行うことが出来たのかについて計算してみます.
この時点ではまだ初号機と棺はありませんから,

  • 第1段ブースタ噴射時の全質量は65000 ton,全推力の合計は400×106 N,その噴射時間は3.5秒間
  • 第2段ブースタ噴射時の質量は33000 ton,全推力は200×106 N,その噴射時間は3.5秒間

と言う前提条件の下,噴射に伴う燃料分の質量減少を無視して運動量変化と力積の交換則を適用すると,

  • 第1段ブースタによる速度増分ΔV1=約22 m/s
  • 第2段ブースタによる速度増分ΔV2=約21 m/s

となり,これらを合計するとΔV=43m/sec(減速)と求まります.
ここでも燃料の消費量がどれほどかを求めておきます.

下記の軌道離脱フェーズと同じくIsp=250secと仮定してロケット方程式を用いると,第1段及び第2段のブースタは3.5秒間でそれぞれ約569 ton及び284 tonの燃料を消費します.
これはそれぞれの時点での全質量の1%にも満たないものであるため,質量は一定であるとして計算することに問題はありません.
しかしロケット屋さんからすると,どれもこれも燃料消費少ないよなぁと言うのが,ほぼ全員が抱く感想だと思われます.

さて,ではこれだけの減速で,果たして改2号機は初号機に出会えるか?出会えるとすると所要時間は幾らか?を,軌道力学の公式を駆使して,エクセルで計算してみたのが下図となります.このような計算を行うときには有効数字と言うものを意識しなければならないのですが,ここでは置いておきます.

その計算によって,以下のことが得られます.

  • 改2号機は減速を行ってから28分後(107°周回後)に初号機と会合する.
  • 会合点において,改2号機に対して初号機は後方から到来し,相対速度約13 m/sec(時速約47 km)で出会う.この程度であれば,改2号機はワイヤなど使用しなくても,初号機にしがみついて捕獲することが出来そうである.
  • 改2号機の交差軌道は,近地点高度が約346 kmなので,そのままでは地上へ戻れないため,軌道離脱のための噴射が必要である.

即ち,当初,改2号機は30分程かけて初号機の棺と会合する予定であったようです.
しかし劇中ではその途中,いろいろありましたよね.
又,初号機が突然軌道を変える動きがありましたが,この動きが軌道高度を上げ,改2号機へ近付くようなものであったとすれば,会合までの時間が大幅に短縮されます.実際には3分弱で初号機と遭遇していますから,きっとそうだったのでしょう.
そして,その動きは改2号機に会合するものではなく時間的にも空間的にも若干ずれていて,相対速度も大きかったことから,アスカの機敏な判断でワイヤ打ちこみを実施した,と言うことで一件落着にてお願い致します.

速度計算表 会合図2

2)発見・確認フェーズ

前項の軌道を元に,アスカが初号機の棺を発見したときの距離を求め,両者の位置関係を求めてみます.
劇中では二号機改が棺を発見するのは,噴射から67秒後です.
すると,下図のような位置関係になっていることが分かります.

劇中では探査装置によって棺は発見されていますが,もし肉眼で見るとどれくらいの大きなに見えたかを検討しておきます.

距離Dだけ離れたところにある長さLの物体は,その物体が張る角度(視野角)をΩとすれば,幾何学的な関係から一次近似においてDΩ=Lが成り立ちます.尚,Ωの単位はラジアン(rad,180°=πrad)である必要があります.

これを用いて,棺の全長をL=0.1kmと仮定すると,Ω=0.00023radとなります.太陽や満月の視野角はおおよそで0.01 radですから,その約44分の1の大きさに見えていたと推定されます.

会合図3図

3)軌道離脱フェーズ

軌道を回る物体が大気圏に突入して地上へ戻るためには,大きな減速が必要となります.
それは低軌道の場合,一般に概算でΔV=200m/secとなります.
軌道離脱の時点での質量は,最終段ブースタ・ユニット,エヴァ改2号機,エヴァ初号機と箱,の合計となるためM=19000 tonとなります.
又,2基の最終段ブースタ・ユニットの合計の推力は,上記a)の仮定に基づき,F=200*10^6とします.
更に,噴射時間は映像がリアルタイムである前提で,Δt=15secとします.
(噴射時間をもっと長くすれば推力は小さく出来ることは出来るでしょう.この辺の最適化については言及致しません.)

さて,ここで運動量変化と力積の交換則を適用します.
実際にはロケット方程式(ツィオルコフスキーの式)に基づいて,消費する燃料の分の質量減少も計算に含めなければなりませんが,ここではそれを無視します.果たしてそれが妥当であるかは,次節で検討しておきます.

推進系の性能を表す指標に比推力Ispがあります.比推力は推進系の燃費のようなものを表し,例えばH-IIAロケットの液体酸素-液体水素によるエンジンだと450 sec程度,小惑星探査機はやぶさに搭載されたイオンエンジンなどの電気推進だと数1000 secとなります.

アポロ計画でのS-ICの比推力は最適高度においてIsp=300sec程度です.
改2号機のブースタは,アポロ計画でのS-ICの作動高度より遥かに高いところで噴射を行うため,そのままであればノズルでの不足膨張を来たしてしまい,比推力は大幅に低下してしまうのですが,そこはそれ,今回の作戦のために最新技術(最適膨張を実現する形状に変更,再生冷却の効率を向上,など)を駆使したのだとして,Isp=250secであると仮定します.
そうすると軌道離脱フェーズで消費する燃料は約2195 tonと求まり,これは全体の質量に対して7.8%程度に過ぎないため,全体の質量は変化しないものとして計算を行ってもオーダー計算の範疇では問題が無いと分かりますし,より安全側での見積りであると言うことが出来ます.

運動量変化はMΔV=5600000ton m/secとなります.一方,ブースタの噴射で得られる合計の力積(トータル・インパルス)は
FΔt=3000000ton m/secとなります.ここでは力の単位「N(ニュートン)」が「kg m/sec2」と同じであり,更に1000 kg =1 tonと換算しました.

上記のMΔtFΔtの大きさを比較するとどちらも百万のオーダーになっており,成立する可能性は十分と判断することが出来ます.言い換えれば,この軌道離脱フェーズを実現させるためにはこのくらい強力なブースタを用いなければ成り立たないとも言えます.

以上より,軌道離脱フェーズの映像は実現性に矛盾の無いものであると言うことが出来ます.

△一番上へ戻る

6.今後の課題

CGでの宇宙表現をより現実的にすることは,宇宙を身近に感じられる大変貴重な機会であると思います.
しかしより厳密に描くと言うことが必ずしも良いものであるとは言い切れないと考えています.
実際の宇宙航行は,長く,暗く,比較的退屈なものであることでしょう.
見映えが優先されるべきところもあるかと思います.
それを踏まえた上で,今後ご検討の余地のあるところを以下に列挙しました.

【第Ω-β版追記】なぜ宇宙で音が聞こえたのかというお問い合わせを頂きました.映画ですので見映え優先と言ってしまえば終わりでしょうが,一つには,音は全て構造経由のものがインカムを介して展開されていたというのは解釈可能です.どうやればそれが成り立つかと考えると楽しいのは,工学の醍醐味ではないでしょうか.

1)船内の物体の動き

アスカの着座する船内は,軌道運動をしている間は微小重力環境にあるため,髪の毛やヘルメットはそれなりの動きになるのかも知れません.L. C. L.に浸った状態なので何か特別なことが起こっているのかも知れませんが,今回L. C. L.は気体っぽいので,通常の空気の場合と同じではないかとも思われますが,しかしL. C. L.がナニモノかよく分かっていないため,余りにも常識的な物理現象をイメージするのは野暮なことなのかも知れません.

【第Ω版追記】冒頭シーンではL. C. L.は液体のようです.その根拠として気泡らしきものが描かれていることが挙げられます.@S2_Minazukiさまよりご指摘を頂きました.

2)プルームの形状

まず一般論から始めます.

ロケットに付いているノズルは,熱エネルギーを運動エネルギーに変換するエネルギー変換器のひとつです.
化学燃料ロケットでは,その熱エネルギーの源と燃料と酸化剤の燃焼による発熱に求めています.
ノズルはある特定の高度において,最高の効率を以てエネルギー変換を行うことが出来ます.
これはノズル出口での圧力と周辺の雰囲気圧との大小関係から,その最高効率となる高度(最適高度)が決まってしまいます.
従ってロケットを設計するとき,どのくらいの高度でどのくらいの効率を得るノズルを設計するか,と言うことがひとつの課題となっています.

最適高度より低い高度で噴射を行うと「過膨張」と言う状態になります.
これはノズルの中で流体が膨張し過ぎたために,ノズル出口周辺で周囲の雰囲気の圧力によって流体が押されてしまうために起こります.過膨張が過ぎると,ノズルの中で流体がノズル壁面から剥離してしまってエネルギー変換が中途半端になってしまったり,雰囲気がノズルの中に入ってしまって進行を妨げる力が発生したりすることで,推力の低下を齎します.

最適高度で噴射を行う場合は「最適膨張」と言う状態になります.
このとき,プルームはノズル形状の延長となるような形になり,大変美しいものとなります.

最適高度より高い高度で噴射を行うと「不足膨張」と言う状態になります.
ノズルの中で流体が膨張して適宜その圧力が低下してもなお,雰囲気の圧力が大変低い場合,ノズルを出た流体が一気に膨張するために起こります.プルームの形は大きく開いた傘のようになり,球状に広がって行くようなものになります.
こうなるとプルームはノズルを出ると急激に薄くなるため,肉眼ではノズル出口辺りに若干の明るい部分が見え,更に傘状に若干のプルームが見えるだけとなり,まるで噴射しているようには見えなくなります(参考動画).
尚,ノズルは効率の他,その大きさや重量も考慮して設計を行うため,宇宙へ行くとどうしても不足膨張になってしまいます.

プルーム形状図

一方,二号機改が初号機を回収した高度は1000 kmや10000 kmではなく,せいぜい数100 kmであることが地球の見え方から分かります.するとそこにはごく僅かながら,しかし宇宙の高真空に比べると遥かに密度の大きな大気が存在しています.

このような中で噴射を行うと,ノズルから非常に高速で噴射されたプルームは,本体から離れるに従って大気抵抗によって次第に減速し,やがて衝撃波を形成します.そしてその辺りでプルームの一部は本体からみて後方へと流れるものが出てきます.
この様子は劇中にも忠実に描かれていて,逆噴射のときに二号機改の周りを取り巻くオレンジ色の流れは,この一部プルームの戻りが見えていると考えられます.

この衝撃波は傘状に大きく広がり,二号機改を覆うように形成されると考えられます.衝撃波の辺りでプルームは大きく横方向に形状を変えられます.
この衝撃波は,超音速流の中でのプラズマ・ジェットの実験結果などを考慮すると,本体からはそれほど遠くないところに形成されると考えられます.このような状況であれば,ノズルを出た直後のプルームは,不足膨張のときとは様相が異なり,意外と広がらない,むしろ周囲から押し潰される,と言うことが予想されます. 又,プルームは衝撃波面近傍で再加熱が起こると考えられるため,衝撃波面周辺で再度明るくなるとも考えられます.

以上を踏まえると,劇中では下左図のように描かれていましたが,もう少しだけ実際に起こりそうな形状を描くならば,下右図のようになると考えられます.

【第Ω版追記】ヱヴァQのBlu-rayを購入しましたのでじっくり冒頭シーンを拝見しました.テレビ版とは画面サイズが異なっているためプルーム末端まで見ることができ,下右図に近い形状になっていることが確認できました.

衝撃波面図

3)燃料の消費量

上記の「軌道離脱フェーズ」や「会合フェーズ」で述べたように,二号機改のブースタに搭載された燃料の内,消費されたものは自重の10%にも満たないため,実際のロケットとは様相が異なっています.実際のロケットでは全体重量に対して,燃料は90%程度搭載されるもので,構造部材は意外と軽いものです.

劇中でのブースタは,タンクやエンジンが露わになっているため,必要最小限の部材で構成されているものと見えますが,トラス構造の支持材は結構重そうなので,この辺に技術的な改良点があるかも知れません.
軌道力学上は,推力や噴射時間,速度増分は成立していますが,もう少し噴射時間を長くするなどの最適化を行えば,ブースタの小型化や軽量化が行える余地はあります.しかし尺の決まっている映画でもありますし,噴射シーンだけで何分も費やしては退屈でもあるので,この辺は見映えを優先し,又,軌道力学上は成立性がありますので,これはこれで良いのではないかと思います.
第1段に関しては,劇中のシーンが始まるまでに何度か使われた可能性はあります.但し,S-ICは再着火には対応していないため,劇中で使用されたS-ICは,アポロ時代のS-ICそのものではなく,再着火などの改良が施されていることになります.

ブースタにはS-ICとは別に,球形タンクが沢山搭載されていました. S-ICの筒っぽの中には自身のタンクがあると考えるのが妥当ですから,この球形タンクはRCSのための推進剤タンクであったのかも知れません.従って,S-ICの燃料消費量が少ないとしても,RCSのための燃料がまだまだ沢山残っていたのだとすれば,ブースタに対するS-ICの燃料の重量割合が小さいことは,無いことは無い,とも言えます.

或いは,もしかするとこのUS作戦は,準備期間がそれほど無かったために,過去の実績であるところの高信頼性のS-ICを転用して急造されたブースタにて実施されたのだとすれば,最適設計を行う程の十分な時間が無かったのかも知れません.それはそれでそのような状況で作戦が遂行されたことに,技術やマネジメント,管制の統一などを纏め上げたこの組織の力量には感服せざるを得ません.

まぁ過去にはヤシマ作戦を短時間でやり遂げた人たちですからね.組織力と各自のモチベーションは相当なものなのだと言えます.ぜひ見習いたいところです.

△一番上へ戻る